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大きな魚を手軽に釣ろう

夏風邪は誰がひくって?

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今日は体調不良のため床に伏しております。当然、釣りなんか行けるわけもなく。

ちょっと前から夏バテっぽい症状があって、なんかおかしいな、本調子でないなと思っていたんです。

考えてみると、

早朝釣り→仕事→夕方釣り→夜釣り

みたいなのが続けてあったんですよね、その辺から体調がおかしくなりました。夏風邪を誰がひくのか、もう分かりますね。

釣りが好きって言っても、物事には限度というものがあって、そういうのを解っていないのを馬鹿といいます。

私はもう10代の少年ではなく、30代のオッサンなのですから。

 

 

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運動不足だし、くそ暑いし、春のいい気候のときの調子で、陽が昇る前も、陽が沈んでからも釣りしてたらそりゃあ体調崩しますよね。

 

この釣りに行けないという悲しい感じ、ちゃんと記憶にとどめておきたいですね。無茶すると体壊すんだよということ。

何度やらかしても後悔が襲ってきます。

 

結果として残るのが「私が馬鹿である」という事実だけではいけないなと、こうして釣りのHP作って情報発信するようになって初めての体調不良で痛感しております。

 

私のような気の弱い人間はわかると思いますが、こうして釣りの情報を発信するようになると、情報発信のために釣りに行くような気分の日があるのです。

そうなってくるとドツボで、だんだん休めなくなってくる。空いている時間はすべて釣りに使う。これで体調を崩すわけです。誰からもプレッシャーを与えられていないのに、自分からのプレッシャーで。

私は誰からも釣りしろと言われていないのに、なぜだか釣りに行かないと、という気分になるわけです。

こういう心の動きは、釣りをつまらなくします。自由気ままにやってこそ、釣りなのです。

ここで私が考えないといけないことは、「いかにたくさん釣りに行くか」ではないんです。

 

「余計なことを考えずに釣りができるようになる」事が大事なのです。自分のために釣りに行き、自らの心をいやす。自らの心を大切にするための行動をとる。ドツボにハマる前に。

こういう時には(体調が戻ったら)散歩、瞑想、小物釣りという3種の神器があります。どれも2番目の瞑想に通じるのですが、自分の心の声を傾聴する時間を作るということです。

ああ、自分は今、釣りが退屈だと思った、そうか、それでいい。と、心の中にその存在を許可します。

自分は今、釣りに行かないと情報発信できないと感じている、ああそうか、とその感情を心の中に存在することを許します。

こうやって、たとえばデカい魚が釣れたらいいな、という感じが残っていて、それが楽しいぞと思えばこそ、釣りに行けばいいのです。

無ければ、釣りを少し休めばいいのです。

 

自分の心を実況中継していると、感情の動きを俯瞰した心が現れます。

 

これを観察する自己と言います。

 

雲の上の空は常に青いように、今は雲がかかっている、今は晴れているというのが見えてくるんですね。

 

そういう言う観点に立ち戻るための手法を持っていると、ドツボから抜け出すことができるようになる日が来るでしょう。

これは禅の考え方を取り入れた瞑想法(というか、そのもの)で、「マインドフルネス」とか「ヴィパッサナー」とかいう単語で調べると出てきますよ。瞑想なのです。

床の中で私がやっていたことです。体調が戻ったら、無理しない釣りができそうな気がしました。

「あるがまま」を大切にしましょう。それができるのが、釣りのいいところでもあるのですから。